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「I Love NY!」では、私のNYでのお薦めのスポット、レストラン、イベント、お店や面白そうなニュースを毎週お伝えします。NYは、一流のエンターテ イメントが楽しめる本当に素晴らしいところ。でも実際に住んでみると、家賃も物価も高くて結構やりくりが大変なんですね。そうそ うエンターテイメントばかりにお金を使うことができないのが現 状です。とはいえ、音楽 プロデューサ ーの 私としては、なるべくリーズナブルに無駄のない滞在をして、エンターテイメントを思い切り楽しみたいし、皆さんにも楽しんでいただきたい!
・・・というわけで「これはお得よ!」という情報を、気まぐれにアップしていきたいと思っています。NYを訪問する方、NYにご興味がある方、NYに住んでいる方に楽しんで読んでいただければうれしいですね。また、読者の皆さんからのNYに関する面白い情報や、取材希望も随時お待ちしています!

   

第3回 黒人文化の歴史的スポット "コットン・クラブ”

黒人音楽ファンで、この名前を知らない人はいないほど世界的に有名なハーレムのナイト・スポット「コットン・クラブ」。このクラブの名前を聞くと「ゴージャス」、「歴史的」、「黒人アーティスト」という単語を連想する方も多いかと思います。その通り、コットンクラブは、歴史的な場所であり、セレブが集まる高級クラブであり、黒人の有名アーティスト達が誕生した場所でありました。デューク・エリントン、ルイ・アーム・ストロング、キャブ・キャロウェイらが演奏し、エラフィッツ・ジェラルドやビリー・ホリデーが歌う・・・。ジャズ・ファンが聞けば思わず「キャー!」と、大声をだしてしまいそうになる有名アーティストのパフォーマンスが行われていたわけですから、有名なクラブにならないわけがありませんね。でも、細かい歴史についてご存知ない方も多いはず。ここで、コットン・クラブの歴史を当時の背景を含めてお話しましょう。

1920年、ボクシングのヘビー級チャンピオンだったジャック・ジョンソンが、ハーレムに「クラブ・デラックス」をオープンします。これが、コットン・クラブの始まりです。場所は、142ストリートのレノックス・アベニューにありました。ハーレムは昔は高級住宅街。有名人がたくさん住んでいました。お客さんには、作曲家のジョージ・ガーシュウィンやNY市長もいたそうです。しかし、これを当時権力のあったギャングのオウニー・マドゥン(当時、刑務所で服役中)が噂を聞きつけ、経営権を握り「コットン・クラブ」と命名し、1923年に営業を開始してしまいます。観客は「白人オンリー」。呼び物は「美しい黒人女性」。肌もあまり黒くなく小麦肌、すらっと背が高く、20歳以下の若くて美しいボーカリストに露出度の高い衣装をつけさせ、コーラスをさせていました。このコーラス・ガールからは、リナ・ホーンも誕生しました。

しかし、もっとも有名になったのは、このときのミュージシャン達。1923年にフレッチャー・ヘンダーソン楽団、1927年から31年まではデューク・エリントン楽団がコットン・クラブ専属バンドとして出演していました。エリントンにとって、コットンクラブは、音楽活動をするのに絶好の場所でした。音楽活動に専念することができ、楽曲創作へも充分な時間を費やす事ができました。その後50年間率いることになったバンドの結成をすることもできましたし、楽曲を作ってはライブで試すという実験も行うことができました。結果、この期間にエリントンは100曲以上の楽曲をレコーディングしています。また、コットン・クラブでのライブをラジオ放送し始めたことがきっかけで、デューク・エリントンの名前は全米に広がりました。1931年からキャブ・キャロウェイが、1934年からはジミー・ランスフォードがコットン・クラブ・バンドとなりました。専属バンドを辞めた後でも、たびたびルイ・アーム・ストロングやエリントン、キャロウェイらが「古巣」であるコットン・クラブを訪れパフォーマンスしていたそうです。なんと、素敵な時代だったんでしょう!

1935年にハーレムで人種差別による暴動が起き、これをきっかけにハーレムのコットン・クラブは閉鎖されます。ハーレムは、この時代のイメージが強く、日本のガイドブックにも「ハーレム=危ない場所」と書かれてしまうことになります(日本人観光客には、未だにそのイメージがあるようですが・・)。ハーレムでの閉鎖後、1940年にブロードウェイにオープンしますが、時代は大きく変わり「白人のみが、黒人のエンターテイメントを楽しめる場所」という営業に魅力は失われました。また家賃の高騰や脱税発覚事件などから、ふたたび閉鎖に追い込まれます。映画ファンは、フランシス・コッポラ監督の「コットン・クラブ」をご覧になったことがあるかもしれません。リチャード・ギア、グレゴリー・ハインズ、ダイアン・レインが出演していましたよね。コッポラ監督は、全盛期のコットンクラブを再現することにこだわったと聞いていますので、あの映画の光景が1930年代のハーレムで経営されていた高級クラブ「コットン・クラブ」の世界だったのでしょう。私は残念ながら、まだ伺ったことがないのですが、日本でもコットン・クラブがオープンしています。こちらは、当時のゴージャスなイメージで作られているとのことですから、是非チェックしてみてください!

現在、ハーレムはNY観光地のひとつとなり、毎日多くの観光客が訪れます。クリントン元大統領が拠点をハーレムに構えたころから、特に危険なイメージは無くなりました。最近はブランド物のショップもハーレムに進出し始めていますし、NY市もハーレムの開発に資金投入を決めました。これに合わせて家賃も土地もうなぎのぼり!これからどんどんと昔のような高級住宅地へ様変わりしていきそうです。(私もいつまで、ハーレムに住めるやら・・KYOKOと行くハーレム散策(夏季限定)

そんなハーレムに現在あるコットン・クラブは、1978年に再開されました。(左写真は現在のコットンクラブの入り口です)場所もハーレムの西端の125ストリート沿いにあります。現オーナーは、ジョン・ビエッティー。店内には、当時活躍していた有名アーティストのモノクロ写真が飾られていて、歴史を感じさせます。専属バンドを抱えるスタイルは、当時と変わっておらず、最近では珍しくなったジャズ・オーケストラ・バンド「コットン・クラブ・オールスターズ」のライブが行われています。月曜日はスウィング・ジャズ・オーケストラ、木曜日から土曜日はビュッフェ付きのジャズ・ライブがあります。(日本語での予約は、ショップへ

ジョンと私のビジネス・パートナーであるマーカスは、コットン・クラブ・レコードというゴスペル専門レーベルを立ち上げ、新たなスター誕生に意欲を燃やしています。(このマガジンのアーティスト紹介ページのバックナンバー「TAEKO」参照)その関係で、私もよく日本からのゲストをお連れします。皆さん、しばし全盛期のコットンクラブに思いを寄せながら、ライブを楽しんでおられます。(右写真:店内いっぱいに飾られたモノクロ写真)

それに、お食事も美味しいんです。私のお薦めは、バッファロー・ウィング。ビールのおつまみに最高です!ワインのお供には、ブルー・スナッパーという白身魚がGOOD!食後には、ホームメイドのケーキ(キャロットかチョコレートのチョイス)もお薦めです。左の写真は、現在のオーナーのジョンと私です。コットン・クラブ=ギャングというイメージで怖そうですが、ジョンは、その道の方ではありませんので、ご安心を・・・笑。是非、お立ち寄りください!

日本語での予約は、ショップへ。


第1回 ハーレムのお気に入りスポット「クリオール」

第2回お薦めのB級グルメ「メキシカン・ファースト・フード」

 

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